表題 六君子湯注入にて嘔吐が消失し栄養状態・意識レベルが改善した、
糖尿病・脳梗塞に合併したfunctional dyspepsia(FD)の1例
著者   井野病院  内科  森本真輔 他
発表誌 姫路市医師会報 No.307 別刷
 平成15年7月31日発行
はじめに functional dyspepsia(FD)は、多様な病態を包含しており、その治療に際しては、患者個々の病因、病態を解明し、それに応じて対応すべきである。
 この度我々は、経皮経食道胃管挿入術(PTEG)と六君子湯注入にて嘔吐が消失し栄養状態・意識レベルが改善した、糖尿病・脳梗塞に合併したFDの1例を経験したので報告する。
症例 患者;S. K. 72歳、女性
主訴;眩暈、後頭部痛
家族歴;特記すべきことなし
既往歴;特記すべきことなし
現病歴;糖尿病、高血圧、両変形性膝関節症、脳梗塞にて他院に通院中であった。当院には過敏性腸症候群にて通院中で、ポリカルボフィルカルシウムの投与を受けていた。平成14年11月1日に老健のデイケアー利用中に転倒し、後頭部を打撲した。意識レベル低下は認めなかったが、頭部CTにて出血の疑いがあり、経過観察目的にて入院となった。
入院後経過 入院後まもなく肺炎を発症し高熱が続き、高血糖を来たしたため、抗生物質の点滴・速攻型インスリンの点滴静注を行った。血糖はコントロールできたが、意識レベルが低下したため11月25日に頭部CTを再検したところ明らかな脳内出血を認めた(Figure 1)。持続点滴・酸素吸入を行い、意識障害は改善し経口摂取ができるようになった。経過は順調であったが、平成15年に入り肺炎再発による高熱が続き、食事中に嘔吐を繰り返すようになった。頭部CT上は出血は吸収されつつあり、その他には陳旧性の脳梗塞を認めるのみであった(Figure 2)。1月20日には腹部CT及び上部消化管内視鏡検査を行った。CTでは異常所見を認めず、内視鏡では萎縮性胃炎を認めるのみであった(Figure 3)。排便は毎日あり、腸閉塞の所見は認めなかった。その後も嘔吐は続き、そのうち口を開けようとさえしなくなったため、再び持続点滴を行い、メトクロプラミドを静注したが症状の改善は見られず、そのうち電解質バランスが崩れ、意識障害を来した(JCSで300)。そこで家族の了解のもと、平成15年2月25日にPTEG施行(Figure 4)し、当日から少量の栄養剤の注入を開始した。メトクロプラミドの点滴も併用していたが、注入中から嘔吐が出現し、殆ど注入できなかった。そこで2月27日から、栄養剤の注入前に六君子湯を注入してみたところ、その当日から嘔吐は見られなくなり、徐々に栄養剤の注入量を増加することが出来た。PTEGに関しては刺入部から少量の排膿が見られた以外に特に問題はなかった。3月24日には中心静脈栄養カテーテルを抜去し、以後点滴は行っていない。4月1日にはPTEGをボタン化した(Figure 5)。現在では、栄養状態は良好で、意識レベルはJCSで10まで回復している。
Figure 1 平成14年11月25日の頭部CT
頭頂葉にて出血を認めた。
Figure 2 平成15年1月15 日の頭部CT
出血は吸収されつつある。脳梗塞の所見も認めた。
Figure 3 上部消化管内視鏡検査
 萎縮性胃炎の所見を認めるのみであった。
Figure 4 経皮経食道的胃管挿入術
左上;頚部食道内に留置した穿刺用バルーンカテーテルのバルーンを造影剤にて拡張した後、エコーガイド下に穿刺を行い、J型ガイドワイヤーを挿入した。
 右上;バルーンをデフレートし、バルーンカテーテルを肛門側に進め、J型ガイドワイヤーをリリースした後、カテーテルを抜去・J型ガイドワイヤーを追加挿入した。
 右下;穿刺部に小切開を加え、10Frダイレーターで、引き続いて16Frピールアウェイシースダイレーターでダイレーションを行った。
 左下;ガイドワイヤーと内筒のダイレーターを抜去、留置カテーテルを胃内に挿入、バルーンに空気を注入し口側に牽引、ピールアウェイシースをピールオフ、造影剤を注入し食道への逆流がないことを確認した。カテーテルを1針縫合固定した。
Figure 5 PTEGボタン
 PTEG施行の約1カ月後に、PTEGをボタン化した。
考察 経皮的内視鏡下胃瘻造設術(PEG)は1980年にGaudererとPonskyによって開発されて以来、多くの臨床的検討によりその有用性が認められ広く普及し、脳梗塞後遺症などによる嚥下障害に対する長期的栄養補給法として標準的方法となっている。しかし胃切除術後や有腹水例では施行困難であり、また胃瘻部感染の防止のため数日の絶食期間をおいた方が望ましいなど、初期管理がやや面倒な点がある。
 1994年、大石らによって開発された経皮経食道胃管挿入術(PTEG)は上記のPEG困難症例に対しても施行可能で、内視鏡を用いず手技が簡便で低侵襲であり、特別な固定器具を必要とせず術当日から経腸栄養剤の投与が可能であることなどの利点がある。本症例はPEG困難症例ではなかったが、栄養状態が悪化しており、また糖尿病があり高カロリー輸液が困難なことから1日でも早く経腸栄養・六君子湯の注入を開始したいと考え、PTEGを選択した。大石らの報告に従い、住友ベークライト社製のPTEGセットを用いた。術中および術後に大きな問題はなかった。
 上部消化管の不定愁訴について、1987年のアメリカ消化器病学会において器質的疾患を除外したうえでnon-ulcer dyspepsia(NUD)が定義され、「胃食道逆流型」「運動不全型」「潰瘍症状型」「非特異型」の4亜型に分類された。さらに1991年には胃食道逆流型がNUDから除外されて、gastro-esophageal reflux disease(GERD)という独立した疾患単位になった。そして1998年のローマ委員会において「潰瘍症状型」「運動不全型」「非特異型」の3つがFunctional Dyspepsia(FD)に包括された。FDの原因は必ずしも明らかではないが、消化管運動機能の異常、内臓知覚の異常、精神・神経系の障害などがある。消化管運動機能の異常とは、すなわち食後期の胃排出遅延あるいは貯留を目的とした胃弛緩(受容)反応の障害を指す。
 本症例は、過敏性腸症候群にて当院に通院中であり、元々消化管運動機能異常を有していた。また長年の糖尿病による胃運動機能異常が潜在的にあり、そこに外傷性脳内出血を来たし臥床を余儀なくされたため症状が顕在化したものと考えられた。また食事中及び栄養剤注入中に嘔吐が出現しており、胃弛緩反応の障害を来していると考えられた。
 六君子湯には胃排出促進作用とともに、胃弛緩反応改善作用があるといわれている。本症例では意識障害のため持続点滴で全身管理を行っていたので、まずはメトクロプラミドの点滴静注を行ったが嘔吐は改善しなかった。そこでPTEG施行し、胃弛緩反応障害の改善を期待して、栄養剤の注入前に六君子湯を注入してみたところ、嘔吐が見られなくなり、順調に注入量を増やすことができた。このように六君子湯には、メトクロプラミドでは改善されがたい病態を改善する効果が期待できると考えられた。
結語 1)PTEGは、経腸栄養法として施行当日から栄養剤の注入が可能であるなどPEGにはない利点を有している。
2)六君子湯は、胃弛緩反応障害による嘔吐の治療に有用である。
文献 1)大石英人, 進藤廣成, 城谷典保, 亀岡信悟 経皮経食道胃管挿入術(PTEG:ピーテグ)-その開発と実際- IVR会誌 Jpn J Intervent Radiol 16:149-155,2001
2)原澤茂 NUD(機能性消化障害)に対する六君子湯の役割-特にdysmotility-like NUDに対する有用性について- Progress in Medicine 19:843-848,1999