神戸大学 卒業論文より

日本の介護の現況と将来について
−政策提言に向けて−
井野節子  

医療法人社団汐咲会 事務局長
CEO


指導:新庄浩二(神戸大学経済学部)

要 旨

 2003年を迎えた今日、日本は不況の真只中にある。企業の倒産が後を絶たない。その結果、失業が大きな社会問題になってきている。更に追い討ちをかけるように少子高齢化社会はその影響を一歩一歩確実にしてきている。既に日本の経済はグローバル化して、世界の中の日本になっている。このような状況の中で、社会保障全般に対する考え方の方向転換が迫られてきている。 
  経済モデルの原則では、要素市場の状況を変える「技術革新」は大きなものとして評価されている。実際、一般産業社会においては、経済が硬直状態に陥った時、「技術革新」がその状況を打開してきたからである。

  社会保障制度は、元来、工業化と、市場経済の発展に伴う過程でその名脇役として生まれてきたが、社会が、経済的に成熟してきた
21世紀においては、名脇役は、その役目を増してきて、主役の一人になることを余儀なくされてきている。
  社会保障の一つの局面である福祉の現場でも、いわゆる「技術革新」なるものは存在するのではないだろうか?その「技術革新」は硬直化した、今日の日本社会の不安な状況を打開してくれるのではないか? 私は、福祉現場における「技術革新」を探すために、自分の職場における介護保険の状況をモデルとして検証し、開発した「満足度評価スタンダード」を「技術革新」の一つの糸口と考えて、実験を行い、その結果を考察した。 

序章・第1章は、歴史的に福祉・医療といった社会保障制度を俯瞰してみた状況を論述した。更に、次章への展開として現場で起きた問題点を列記した。

2では、打開方法の一つとして「技術革新」を測る物差しとしての「評価スタンダード」を開発したその過程を記載した。人間を扱う医療・福祉の現場は、製品を扱う現場と違って、絶えずモラルハザードが起こらないかどうかという検証を繰り返しながら進まなければならない。更に、福祉・医療というような人間の根源に対峙するサービスにおける「技術革新」は、研究所から生まれる「技術革新」ではなくて、マンツーマンの現場から生まれるものでなくては使用できない。そういう意味で非常に手間がかかる上に、関る各個人の人間性を変革してゆかなければならないという、文化に抵触する部分を含んでいた為、後回しにされて最後に置いてこられた現場でもある。また、スタンダード事体の倫理観も問われる。私は、個人の満足度評価を測るという手法で、そのスタンスを消費者側に置くことにより、モラルハザードの問題を回避した。

第3章は、実験的に行った調査の結果分析を記載した。 私にとっては満足した結果が得られた。というのは、意図したとおり、現場から「改善」という発見が起こったからである。そして、予想した通り、実際に改善が行われた。(私の現場以外でも、同様な状況が起こっている)

4は、実際の改善事例を現場の声を拾って記載した。そして、「評価スタンダード」が果たした役割と、本来果たすべき役割について記述した。

5は、「評価スタンダード」を使うことによって、「改善」が生まれ、要介護度が軽減された例をモデルとして、全国と兵庫県・姫路市の介護保険支払い増減の状況を検証した。更に、私の施設で起こった軽減モデルが、全国・兵庫県・姫路市に実施された場合に削減されるであろう社会的費用を計算した。小さな評価スタンダードであるが、実際そのことで、社会的費用が削減されたということは、介護保険という市場を考えたとき、将に「技術革新」にあたるものではないだろうか。つまり、測るものと、考える基準を今までと違ったdimensionで捕らえることによって生まれてきた結果であるからである。

最後に、政策決定者に対し、第三者評価としての評価スタンダードに個別満足度評価を加え、更に第三者評価の受審を義務付けること。それを公表することと、「成功報酬の導入」とともに、「家族に対するインセンテイヴ」を導入すること、更に成功報酬の反対のペナルテイーを導入することを提言する。



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目    次
                 序章      開 題
第一節 本研究の意義と対象
第二節 本論文の構成
                 第一章    現状について
第一節 介護保険実施前夜
第二節 介護保険実施後の現況
第三節 現場の問題     
                 第二章    問題解決としての一方法
第一節 スタンダードの意味
第二節 開発技法
                 第三章    評価実施とその結果
第一節 データー分析
第二節 分析結果考察
                 第四章    改善事例の評価
第一節 改善事例
第二節 改善の傾向と分析
第三節 スタンダード開発の意義と評価
                 第五章    今後の課題と政策提言
第一節 今後の課題
第二節 政策に対する提言 
参考文献

        

序章  開題
序章】 第一節   本研究の意義と対象
 今日の日本は世界最高の高齢社会であり、長寿国である。 高齢者を、年齢65歳以上としてそのデータを見てみると、平成13年度において、日本の女性の平均寿命は、84・73歳、男性の平均寿命は、77.76歳である。昔から、人は長寿を寿ぎ、祝ってきた。秦の始皇帝は崑崙山脈まで、不老長寿の薬草を求めて使者を出したという。  しかし、いまやこの現象が大きな社会問題になっているのである。 なぜなのであろう? 
 現在の日本では、医学・医術の進歩によって、また、保健水準の向上、国民生活の向上によって、年々65歳以上の高齢人口が増加している。 厚生労働省の統計資料によれば、2001年の日本の高齢者は、2,358万人で、総人口1億2,730万人の約18.5%を占めている。 また、75歳以上の後期高齢者と呼ばれる人たちは、人口の8%を占めている。 これは、北欧の高齢化水準以上である。しかも高齢化のスピードが速くて、これも世界一である。例えば、フランスでは、高齢者人口が7%から倍の14%になるのに、130年かかっているが、日本はたった25年で進んでしまったのである。その中で、特に後期高齢者の比率が大きな勢いで高くなっている。後期高齢者は、他のどの年代より医療・介護のニーズが高くなる。つまり、社会的費用を多く使う人達なのである。 現在の社会に於いてはこの現象を止めることは、容易ではない。 従って、第二次世界大戦後に誕生した団塊の世代が高齢者になる頃には、人口の4分の1が、高齢者で占められるようになり、ピーク時には3分の1が高齢者となるという推計が出ている。 実はこれは、少子化現象が高齢者の相対的数字を押し上げているのである。 2002年の合計特殊出生率は1.33人である。第二次世界大戦中や戦後の合計特殊出生率は、食料や衣服など基本的生活が不自由であったにも関らず3から4であったことを考えると、生活の質が向上しているにも関らず、出生率が下がったのであるから、今後相当の対策がなされても、一気に、合計特殊出生率が上がる可能性は期待薄である。 従って、日本の政策としては、「エンゼルプラン」などで、少子化に歯止めをかけ、出来れば合計特殊出生率を上げる政策を展開する一方で、「ゴールドプラン」の対象となっている高齢者の問題を真剣に考える必要がある。
(参考:厚生労働省「Social Security and Social Welfare in Japan」2001)

 本研究は、経済システムでいう、いわゆる「技術革新」なるものが、社会福祉の現場でも起こることが、日本経済の現況を打開するのに大きな要素となるものと考えて、現場に立つ者として、介護保険の対象者(いわゆる高齢者)と、介護保険適用施設の実際から、その実態を検証するとともに、「技術革新」のための糸口を発見し、その内容を検討した結果から、政策提言にまで言及したいと考えている。この研究成果により、膨大な社会的費用が軽減されるなら、経済学を学んだ者として、多少なりとも責務を果たせると考える。

 
序章】 第ニ節   本論文の構成
本論文は、筆者が所属する医療法人の経営する介護老人保健施設で起こった現象を題材として、筆者がさまざまな先達等の助言を受けながら開発した、「入所者満足度評価スタンダード」を全国の数箇所の施設に配布し、それによる調査結果を集計し、分析して、日本病院学会で発表した資料および、日本病院管理学会で発表した資料なども入れて、結論にまで集約してゆく。 従って、作成した文章と共に、エクセルを駆使して作成した表・グラフ、更に、関係官庁から入手した統計表などによって構成される。尚グラフは、その識別の必要性から、カラーで出力した。また、分析に要した基本データ表は大量の数値を含んでいるため、あまりに膨大で、プリントに適さないため、ここでは要約した集計結果のみ掲載する。

  
第一章   現状について
【第一章】 第一節   介護保険実施前夜
【医療・社会福祉の歴史 】 

(日本における福祉の歴史):日本における社会福祉の歴史は遠く8世紀(701年)の大宝律令にさかのぼる。大宝律令の中に、公的扶助制度の萌芽が見られる。しかし、近代国家としての社会福祉は、ヨーロッパにその端を発していて、日本では1884年恤救(じゅつきゅう)規則という貧困者の救済法令から、1929年の救護法に発展していった経緯がある。第二次大戦後の1946年に旧生活保護法が生まれ、1950年に現在の生活保護法となり、児童福祉法・身体障害者福祉法と共に、福祉三法が成立した。1960年には老人福祉法が成立して、福祉六法体制が確立した。更に時代を経て1990年には老人福祉等福祉八法改正が行われ、2000年に社会福祉法は正式に確立した。 日本に於ける実施主体はといえば、1920年旧内務省に社会局が設置され、それ以後は、各都道府県にその中心が移されていった。 現在では、広範囲になって、国・都道府県・市町村・更には、社会福祉協議会をも含めた広範なものに移っている。
(参考:厚生労働省「Social Security and Social Welfare in Japan」2001 )

 一方、医療はと言えば、前述の福祉とは少し違った歩みをしている。 日本の医療制度の原点は、江戸時代の開業医制度にある。18世紀当時、主流は漢方であり、「薬師(くすし)」と呼ばれた医師たちが医療を担当していた。当時から医療は人道的行為であるという考え方があって、患者に代金を請求すべきでないと考えられていたので、診察料は形式上薬代として支払われていた。「薬師(くすし)」の名の由来もここから来ている。 また「医は仁術」という思想は江戸幕府によって堅持されていった。ちなみに江戸中期の医師数は、不明だが、明治7年の統計では、人口10万人当り、医師は86.2人であり、この値は現在の約半分だったようである(中公新書「医師の歴史」1979より)。 この医師のほぼ全員が町医者と呼ばれる開業医であった。
 
 明治7年(1874)医制により、医師国家試験が義務付けられた。そこでは西洋医学のみを公式に認めた。明治15年医師免許は西洋医学を学んだものに限定して与えられた。 幾多の戦争があった当時、医療に多額の資金が分配されることはなかったが、自由開業医制度で、国民は政府の懐(ふところ)と関係なく、自由に医療を受けることが出来た。(お金が無いために十分な医療が受けられないと言った光景は見られたが、医師も、お金のあるところからお金をもらい、お金の無い人からは、大根1本で治療するということも日常的に行われていた) つまり、ここでは、医療の主体は国民で、政府は一部の軍部に関する部分の医療の手配を行うだけで、一般国民の医療には関知しなかった。

 
 しかし、日清戦争・日露戦争・日韓併合など次々戦争を起こしていた時代である。世の中はどうしても軍のため病院を必要としていた。更に医学教育の実践現場としても病院が必要だった。従って、日本の病院は西洋の病院の歴史とは違い、患者をケアする場としてというより、さし当たって必要だった医学教育の現場として、また、最新医療を研究し、提供する場として発展していったのである。 一方で、感染防止の政策的な場としても発展していった。 従って一般国民の医療に関しては、江戸時代の延長線上で町医者が居てくれたので、国民は適度に医療を享受できたと見ることができる。 
 
 昭和13年(1938)厚生省が設立された。また、昭和17年には日本医療団が設立され、当時のほとんどの病院は、日本医療団の翼下に置かれた。当時の国の目標は感染病対策と無医村解消であった。 亡国病といわれた結核に対処するための隔離・予防やハンセン氏病の隔離など、国が主体となって、これら伝染病を管理し、予防を実行した。 

 
 一方、日本の保険制度というものを見てみると、明治の中期より、一部の大企業や国鉄には従業員のための共済制度という形で共済組合が組織されていたが、大正11年(1922)になって、やっと国の制度として整っていった経緯が読み取れる。今で言う、いわゆる健康保険法であるが、このような始まりは、他の先進諸国と同様で、資本主義の発展と大いに相関がある。つまりその政策的動機は労働運動に対抗することであり、またもう一つは、産業を振興させるための、フレンジベネフィットとしてのそれであった。 ところが日本の保険は、大企業だけでなく、中小企業の従業員に対しても保険制度を用意した。政府管掌健康保険がそれである。
  
 健康保険法が施行された昭和2年(1927)では、保険加入者は国民全体の3%程度であった。 しかし、ここでは、人口の過半数を占める農民は、蚊帳の外に置かれていた。 政府は昭和13年に、国民健康保険法を施行した。それは全国の市町村で、徐々に作られていた協同組合を財政的に支援するという形で発足した。 政府が熱心に医療保険の拡大を図ったのは、前述した、戦争が原因である。盧溝橋事件を皮切りに始まった中国との戦争が拡大するにつれて、健康な兵隊を徴兵するために保険医療は必要だったのである。 当然この傾向は、太平洋戦争が勃発すると同じような理由から拡大していった。 このようにして昭和18年(1943)の保険加入率は70%を越えた。しかし、その後、敗戦と同時に貧窮と混乱に陥った日本では、国保組合を持つ市町村は減少し、昭和23年(1948)には加入率は60%を切ってしまった。  しかしその年には、日本の医療の基本となる医療法ができている。
(参考:布施昌一「医師の歴史」中央公論社1979:池上直己・J.C.キャンベル「日本の医療」中央公論社1996)



(欧州における福祉の歴史) 欧州において、近代社会としての社会保険がスタートしたのは、19世紀末のドイツからだといわれている。 しかし、古くは、中世の宗教的救貧制度から始まり、重商主義・重農主義・絶対主義にいたる過程で、経済発展の為のリスクの解消という意味の救貧政策として展開されていったのである。 1601年のエリザベス救貧法はその典型で、近代経済・社会の変革に伴い大量に生み出された乞食・浮浪者・盗賊に対処するため生まれたものであった。その基本的スタンスは、中世からの伝統的な「貧困は個人的な罪悪」観の上に成り立っていた。 救貧法は、就業能力を持つ貧困者をworkhouseに収容して職業活動を強制し、職業能力を持たない老人や子供や病人の貧困者には、out-door relief として生活を支援する政策が取られた。これが公的扶助の端緒である。 そして貧困者対策の費用は富裕者から取った救貧税で賄われた。17世紀のことである。 
  
 1776年アダム・スミスは有名な『国富論』で、人々が個々に自分の利益を追求すれば、そこに自動的に調和が生まれる・・・・とした。自由競争を容認し、神の見えざる手になる調和を訴え、国家よる統制や抑制を排除する思想を説いた。 しかし現実には、さまざまな統制や拘束が存在する中で、個々人が自由に行動できる社会が実現するためには、強力な国家権力が必要だったのである。そして、強力で安定した国家の下に、市民は自由を謳歌し、国家は「夜警国家」として、国防や治安維持や土木事業にその役割を限定すればよいという自由主義の思想が、長く欧州を支配した。 しかし、やがて、このような市場競争にも、限界が露呈してきたのである。急速な経済発展は、労働者の劣悪な労働環境を生み出し、労働者人口の急増・大都市集中による住宅難・経済恐慌・物価高騰が労働者の生活を不安定な状態に陥れたのである。その結果、特に急激に上からの経済発展を推し進めてきたドイツでは、労働運動が激化した。 


 19世紀末、ビスマルクが宰相になると、「アメと鞭」の政策で、労働運動を弾圧した。しかし鞭は返って社会主義運動を激化させ、ビスマルクの失脚に繋がったが、「アメ」として彼が創った社会保険は労働者福祉の引き上げを目指す政策として定着し、国際的にも評価されて、後々世界の社会保険の起点となるのである。 そうしてレッセ・フェールの自由体制は終焉を迎え、国家による経済社会にたいする干渉主義の時代に突入してゆくのである。 
  
 在任中のビスマルクは、皇帝ウイルヘルムT世を説得して労働者の福祉増進の詔勅を出した。これはドイツ社会政策のマグナ・カルタと言われているもので、社会保険の立法化を可能にした貴重なものである。 ドイツの社会保険は、マイスターの家父長的責任という中世ギルドの伝統からその端を発しているもので、その方法は所得比例制により従前の生活水準を保障するというスタンスをとっている。 これはフランスも同じであるが、社会保障の一方の雄であるイギリスは、また違うスタンスをとっている。


 イギリスは、ヴィバレッジによる社会保障計画が現在の政策の基礎にある。1942年チャーチル首相の下、ヴィバレッジはその著書『社会保険および関連サービス』で、社会保障の展開ということで大きな理念を打ち出した。“すべての国民を貧困から解放すること。その為に最低所得維持による最低生活の保障・・・” である。これは普遍主義原則と言われている。つまり、@均一額の最低生活費の給付 A均一額の保険料拠出 B統一的行政 C給付水準の適正化 D適用範囲及び事故の包括化 E被保険者の適正な分類を原則としている。つまり平等主義の原則である。この場合の平等主義は、ナショナル・ミニマムに限られているので、これを越えるニーズは各個人の自由な判断と裁量に委ねられている。 また、ILO(国際労働機構)は、ヴィバレッジの社会保障を広く後押ししたので、全世界に社会保障の考え方が広まっていった。 
 
 ドイツ的な「能力主義」とイギリス的な「平等主義」という二つの流れを秘めながら欧米や、開発途上国も、社会保障制度を国家の重要な柱として位置付け、福祉国家体制に向けて動いていこうとしたのが第二次世界大戦後の20世紀後半から21世紀にかけての時代だといえる。
(参考:足立正樹「福祉国家の転換と福祉社会の展望」高菅出版2001: 足立正樹「現代ドイツの社会保障」法律文化社1995)
 


(欧州に呼応した日本の社会保障):日本の社会保障は欧州からの輸入であったが、それは、明治時代以後のことである。 しかし、近世日本である江戸時代においては、欧州と同じように個人主義の萌芽が見られた。江戸幕府の官学は朱子学であったが、戦いの無い平和な時代が長く続いたので、商品経済が発展し、各藩が競うようにして開発した商品が全国に流通した時代であった。当時“伊勢参り”が盛んであったというが、女が安全に旅ができた時代があったという事実を見ただけで、いかに江戸時代が治安の良い、平和な社会であったかということが解る。 武士のみではなく、庶民の生活レベルが向上し、庶民の子弟は寺子屋という教育施設で、「読み・書き・そろばん」を習った。日本の識字率は世界一だったかも知れないと、司馬遼太郎は述べている。その様な社会の中では、当然市場経済が物事の評価の基準となる。そうして、欧州のルネサンス以後のように、江戸中期には個人主義の考えが生まれてきた。荻生徂徠や、安藤昌益のように物事の評価を合理的に見直すような学者が現れた。 三浦梅園の弁証法、山片蟠(ばん)桃(とう)の科学的弁証法、井原西鶴の人間主義などの理論は、欧州の近代的精神となんら変わるところが無い様に思われた。 科学的合理主義・人格の自律性・人間主義などである。 しかし、多様性の共生的な江戸時代は、国家権力の富国強兵の明治へと移行する中で、次第に忘れられていったのかもしれないが、第一次世界大戦前の日本の重工業の発展、第二次世界大戦後の日本の急速な欧米主義の吸収や、経済発展は、江戸時代に培われた個人主義の片鱗が土壌に存在していたから実現できたのかも知れないと私は思う。
(参考:正田健一郎・作道陽太郎「概説日本経済史」有斐閣選書1978:    司馬遼太郎「この国のかたち」文芸春秋1990)



【国民皆保険】
 日本に於いては、戦後の混乱期が徐々に回復するにつれて、国保組合を再開する市町村が増加していった。この頃の仕組みは、市町村が住民から保険料を徴収し、開業医と病院に対して、出来高払いで、支払いをしていくというものであった。 また、市町村が自ら診療所や病院を持つところも多かった。昭和33年(1958)国保運営の診療所2797、病院451となっている。 つまり昭和30年代には国民の90%近くが保険に加入しているような状態であったので、昭和36年(1961)国民皆保険が実現した。昭和30年代というのは日本が、敗戦の痛手から立ち上がり、朝鮮戦争の特需景気をてこ に高度経済成長の足がかりを迎えたという時代であった。
 
 当初の皆保険のその内容は、国保と社会保険には、その財源の相違から自己負担に大きな差があった。国保自己負担=5割。社会保険本人の自己負担=ゼロ。このような保険の中では、高齢者にとっては、高い自己負担率のために受診したくても出来ない状況があった。従って当時の高齢者の受診率は低かった。 
 一方当時の社会現象としては、昭和42年の美濃部東京都知事誕生など、政治の世界では、保守と革新の互角の戦いが繰り広げられ、また、高度経済発展のつけといわれるような公害問題が徐々に噴出している。 この様な時期、日本経済も十分に余裕があったので、昭和48年(1973)医療の自己負担を最高3割と定め、高額医療に対しては、各保険共通で、自己負担の上限が設けられた。つまり上限を超えた医療費の自己負担額を保険が支払うという仕組みである。《ちなみに、2002現在は保険財政難から非常に複雑になっている。2002年10月以前は63,600円が上限だったが、2002年10月以降は、70歳未満=72,300+(総医療費−361,500)×1%)で、70歳以上は、市町村で還付手続きすれば、40,200円以上支払った医療費は還付される。また、高額所得者はこの制度からは除外される》 

 
 更に大きなものは、「老人医療の無料化」である。 当然の如く、高齢者の受診率はうなぎのぼりに上昇した。特に注目に値するのは、入院に占める高齢者の割合が大幅に増加したことである。その為、入院病床が不足をきたした。その不足を埋めるべく、病院の増床がどんどん行われていった。当然医療費は大幅に増加した。昭和62年 国は病床の総量規制に動き出した。その結果、期限の昭和64年までに増床しようという“駆け込み増床”が発生した。以後厚生省は、医療費の増大を食い止める為のあの手この手の策を講じてはいるが、需要と供給が生産を決定する商品経済市場の原則は医療サービスには当てはまらず、供給が需要を喚起するという現象が起こっている。 病床を規制と言っても、19床という病床は病院という分類に属さないで、診療所というカテゴリーに入るため、規制の対象にはなっていないという現実がある( 19床の病床を持つものを有床診療所という)    しかも江戸時代からの自由開業医制は堅持されているので、有床・無床の診療所は現在でも増加している。
(参考:布施昌一「医師の歴史」中央公論社1979:池上直己・J.C.キャンベル「日本の医療」中央公論社1996)

 
 医療費の総額は、どんどん増加していって、特に高齢者の医療費に占める割合は増加の一途を辿り、医療費総額の押し上げの要因になっている。 政府は、総額医療費が24兆円に届くや、医療保険から高齢者の介護というカテゴリーに掛かる部分を切り離して、介護保険という別の保険制度に移行させるべく、介護保険という制度を創設し、2000年施行した。これは、平成元年(1989)に発表した、ゴールドプラン(高齢者保険福祉推進10ヵ年計画)に基づく、夢のような老後を描いて策定されたようであるが、実際は、高齢者にかかる部分を医療費からはずすことを目的としているため、さまざまな矛盾も多く含んでいる。実施当初関係機関には、「まず出発して歩きながら不足の部分は改善していく」という触れ込みが下され、助走期間の無い切羽詰まった出発であった。
 
 欧州の社会保障制度が、原則と理念を掲げて、その延長線上の政策を講じているのに対し、日本の制度は、イギリス的なところがあるかと思うと、ドイツ的なところがあり、原則と理念というより、現状の調整から制度を創り上げているように私には見受けられる。


  
【第一章】  第ニ節   介護保険実施後の現況

 医療保険がカバーできなくなった高齢者の介護の状態を保障しようという目的で生まれた介護保険は新しい形の保険制度で、40歳以上の国民全員(介護を受けている者からも)から保険料を強制的に徴収し、(平成13年度徴収率98.9%)更にその保険料と同額を公費(自治体と国)が用意するというものである。 すでに平成7年度に実施され、まだ検証はされていないが、先行しているドイツの介護保険に似てはいるが、大きく違っている点が2つ存在する。
 
 1つ目: ドイツの場合、公費負担はない。二つ目: 在宅を原則としており、施設介護を選択すれば、自己負担が非常に大きい。また、家族介護に対しては、家族にも給付がされる。(日本は原則、家族には支給されない)  日本の場合は、保険支払いは施設や在宅の業者介護に給付されている。また、ドイツと違い、施設介護を受けても、受給者負担が1割と、在宅と同様の条件であるため、人々は“得な”(=楽な)施設介護の方に集中している。よって、施設には入所の為の待ちが出てきている。 しかも、介護保険以前の福祉による措置入所の場合は、自治体の福祉の裁量権が大きくて、生活が困難な人は優先的に入所できていたのであるが、介護保険は、措置ではなく、自由アクセス(医療サービスと同じく)であるため、申し込みの早いもの順の様相を呈している。 そのため、人々は、保険をかけるように、必要になる前から複数の施設に申し込みを出しているという状況が生まれている。

 
 その為実際にどれくらいの施設介護が必要なのか確たる数はつかめていないのが現状である。

 また、介護保険は地方自治体が運営主体であるため、国民から徴収する保険料は自治体の裁量で決められる。 自治体は、自分のところのニーズがいかほどかを計らなければならないため、市民全員に呼びかけて、使わなくてもいいから、受けなくてもいいから介護認定を受けてください。とアナウンスしたのである。 介護保険実施直後の混乱は、「面倒くさいのに介護認定受けなあかんのや」という高齢者がケアマネージャーを尋ね、慣れないケアマネージャーが混乱したこと、更にしばらくすると、「保険料払っているからサービス受けな損やで」という高齢者が、施設介護に申し込みをしだしたためである。 ここでは、将に国民・市民が意のままに自分の利益を追求するという神から賜った意思を実行しているように窺える。


【第一章】  第三節   現場の問題

厚生労働省老健局の資料より、現状について述べる。
介護保険料の支払い対象としての数は

○ 第1号被保険者(65歳以上)           2,284万人(平成1311月末)
○ 第2号被保険者(40〜64歳の医療保険加入者)  4,286万人(平成13年度見込)
そしてこれらの保険料徴収の収納率は  平成12年度で、98.6% (107市町村調査)
平成13年10月調定分では 収納率 (12月まで)98.9% (88市町村調査)
ということで、高水準で収納されていることがわかる。
一方、支出としての行方は
要支援・要介護認定者数 285万人(平成13年11月末)(うち65歳以上=275万人で被保険者の12.0%に当たる)
・ 要支援    36・3万人  (12.7%)
・ 要介護1   82.3万人  (28.8%)
・ 要介護2   54.0万人  (18.9%)
・ 要介護3   37.7万人  (13.2%)
・ 要介護4   38.1万人  (13.3%)
・ 要介護5   37.1万人  (13.0%)
《サービス利用者》 居宅介護支援サービス受給者数    156万人
            施設介護サービス受給者数         66万人
             (特別養護老人ホーム 31万人)
             (介護老人保健施設  24万人)
             (療養病床等      11万人)
いずれも平成13年11月報告分(13年9月サービス分)

○ 要支援・要介護認定者の高齢者人口に対する割合は上昇傾向にある。
○ 要支援・要介護認定者の平均要介護度は若干下降傾向にある。
○ 介護保険制度導入前後では各自治体とも新たな利用者が3割から5割増加している
  12年4月厚生労働省調査では(96市町村)新たな利用者が23%増加している。
○ 制度施行後。特に在宅サービスの利用数が増加している。
○ 個人で見たサービス利用量の変化では、7割近くが利用量を増やしている。

《支給限度額利用割合 》 介護度の認定を受けた人で、介護保険による介護サービスを使用している人の当該介護度全体の人数に占める割合を表した表が下の表である。 

介護度

要支援

要介護1

要介護2

要介護3

要介護4

要介護5

全体

平均利用率

48.9%

33.9%

39.4%

40.6%

40.8%

41.3%

39.0%

年度毎の介護保険サービスの利用割合を見てみると、

平成12年4月

平成12年5月

平成12年6月

平成12年8月

平成12年12月

68.3%

74%

76.7%

77%

78.5%

平成13年4月

平成13年6月

平成13年8月

平成13年12月

平成14年2月

80.2%

79.7%

79.3%

79.5%

78.9%

などで推移している。 特に制度施行以前には、在宅サービスとしては、訪問看護があっただけで、通所と呼ばれているデーサービスも認知度が低かった。制度施行後は、特に在宅部門のサービスの利用者が増えている。    (介護保険サービスの施設利用分が平成12年4月から平成14年2月へと、ほぼ65.7%と横ばいで推移しているのに比べて、居宅サービスの利用分は、平成12年4月65.2%であったものが、平成14年2月には71.0%に増加している。)
 
 しかし、さまざまに起こっている現実の問題は施設の一本化に典型的に見られる。介護保険施行以前、施設介護を受け持つ部分としては、特別養護老人ホーム(措置入所が原則) 老人保健施設(個別契約入所) 更に、病院の介護病棟があった。しかし、介護保険施行後は、措置という方式はなくなり、全面的に個別契約方式になった。施設入所を希望する人は介護認定を受けて、必要度に応じて施設に入所できるという方式になった。 この方式の良いところは、個人の自由選択範囲が広がったことである。また、この方式の問題点は、法人形態を異にする各施設の役割が違っていた点を無視して、介護度という一つに物差しだけによって入所者を配分したというところにある。

 
 特に特別養護老人ホームは死ぬまで施設で暮らすことを原則に運営されてきたし、老人保健施設は、中間施設として、病院から家庭への橋渡しとしての役割を担ってきた。そこでは、運営の基本理念が違っていた。 特に混乱したのは、老人保健施設であった。 老人保健施設は、病院から家庭への橋渡し役を自認してきたから、動けない人を動けるようにして家庭へ帰すためのプログラムを日常業務の柱としていた。そして、6ヶ月単位で在宅へシフトさせるように運営してきたため、介護保険が施行されてから、職員の中に混乱が生じた。介護度がたとえ5であろうが、4であろうが在宅が可能な程度に回復させて、6ヶ月で退所してもらうという職員の考えと、介護度が高いから一生預かってもらえるようになった!と喜んだ家族の間の意識の相違から来る混乱であった。 
 
 実際のところは、介護をしている現場にしてみれば、入所者が回転して短期間で帰って行くのは大変なのである。なぜなら、帰って行くということは新しい人が入ってくるということであるからである。新しい要介護高齢者が入所すれば、慣れるまでに時間がかかる。またその人の性格や性癖・行動パターンを理解するのに時間と努力を要するからである。しかし、一方で、「この人を良くして在宅へ帰す」という職員にとっては仕事の大きな目標が出来るので、教育研修の効果や、職員の技量の差が明らかになって、人間としての成功感を覚える機会が生まれる。回転を止めるということは、この機会を奪うことに繋がるのである。人間は本来競争的な生き物である。競争が厳しすぎると大きなストレスを生じるが、その競争原理を無視すると、倦怠感が生活を覆ってしまい、苦痛が広がるのである。


 私の所属する老人保健施設では、「ボケが直った」とか「歩けるようになった」とか言われ、奇跡の施設と評判を得たことがあって、職員はこぞって在宅へ帰すことを目指していた。介護保険施行後、入所家族から「一生置いてもらえるようになったんやろ・・・」といわれ、困惑して、管理者である私のところへ泣きついてきた。私は、すぐには答えられなかった。  なぜなら、介護保険が目指している方向性がつかめなかったからである。 いくら考えてもわからないので、自分で独自の方法でゆくことにした。それは、介護保険以前の「在宅支援のための施設」を全面に打ち出すことであった。 在宅支援のためにすべきことを列挙し、在宅へ帰れるように入所者の支援を続けることであった。家族の受け入れが無いとか、身寄りが無いとかで帰宅困難な人には、他の施設を紹介し、帰宅可能と思える人には、家族との交渉・家の改修・ショートステイを使ってでも在宅に持ち込む。そして、この施設をより多くの人に利用してもらうことを実行していった。
 

 一方・社会福祉法人が運営していた特別養護老人ホームでは、これまた混乱が生じた。この施設はもともと在宅で生活できない社会的入所者のための施設であった。そのため、職員の配置が医療系の施設と大幅に違っていた。生活をサポートすることが基本理念であったため、病気や慢性疾患を持ったままの人のケアは出来なかった。例えば、食事が摂れない為に胃ろうを作った人や(腹壁に穴を開けて、そこから胃へつながる管を埋め込み、その穴から流動食品を直接胃に入れる)、経管で栄養を補給している人(鼻腔から胃まで管を入れて流動食品を胃に入れる)や、オシッコを導尿といって管から排尿している人、糖尿病でインシュリンを日常的に注射して血糖をコントロールしている人など・・・・感染の危険性や、窒息の危険性や、低血糖による昏睡などの危険性が常に付きまとうが、これらの施設では、職員配置に医師が居なくてもいい事や看護師が少なくても良かったため、職員の間ではこのような医療的ハイリスクの人は自分の施設に入る対象ではないと考えていたからである。今でも、福祉関係者の一部の人には、管をつけて生活することに対し、「人間的ではない」という理由から半医療行為を拒否する向きがある。また、監督する厚生労働省や地方自治体にも同様な傾向が見受けられる。 従ってこれらの行為に対する支給やこれらの行為を必要とする人の配分に対して確たる指針がないのである。 確かに「あなたは経管生活を望みますか?」と聞かれたら「いいえ」と答えるでしょうが、しかし、現在の医療が最善の方法としてその様な状態を作っているという事実を直視して、実際そのような人が、病院から排出されて、施設なり、在宅に帰って来るのであるということを是とした上で、それに対応した政策を作るべきであろう。 現在、重度の要介護者(医療行為も含む)をどこが面倒みるべきか?の問題は解決されていない。

 私の施設では、前述したように在宅へ向けた努力を重ねた結果、介護度が軽減されて、介護度が低下した人が多く出てきた。 在宅へうまくシフトしてくれればまた重度の人を入れてケアするが、うまく在宅へ移動してもらえなかった場合は、施設に入ってくる報酬が下がってしまうのである。 介護関係者の集まりに出ている私の施設の管理職員は、「うちは介護度が高くなって、収入が増えたわ」という他施設の人をくやしい思いで見なければならない。 そこで展開されているケアの内容を知っているだけに、自分の所の職員の努力を考えるにつけ、涙すら出るという。 

 今、介護老人施設が黒字だから介護報酬を下げるという一見経済理論のようなものに則った政策が実行されようとしているが、このようなものは経済理論でもなんでもない。 
 介護を必要とする人の介護度を上げる=重介護化するのはわけないことなのである。精神的・肉体的ケアを放棄すれば、必然的に重度になる。 他方で在宅へ向けて努力してきた老人保健施設では、介護度の低下=軽減が起こっている。 この現象は社会的に見たらどうかを以下で検証する。

  
第ニ章       問題解決としての一方法
【第二章】  第一節   スタンダードの意味
 評価スタンダードというものがある。スタンダードとは標準・基準という意味である。評価スタンダードは、(財)日本医療評価機構が、米国のJCAHOが病院のランク付けのために開発した評価基準を真似て、日本の病院の評価をするために開発し、医療界で有名になり、現在広く一般に知られるようになった。 評価スタンダードとは、元来、どうすることが大切か、とか、どうしなければならないかといった在るべき姿に照準をおいて作られるものである。従って、評価スタンダード自身が一つの教科書となるのである。その為、評価に使用するスタンダードには、一つの思想がある。そして、それは時代と共に、また、事象と共に絶えず変化して行くべき運命にある。もちろんその根底に流れる理念は普遍であるが。       
 人々は、スタンダードを通して自らあるべき姿を発見するし、また、人々により常に新しく開発されてゆく余地を残しているものである。
【第二章】  第ニ節  開発技法

(最初のスタンダード)
 私は、最初、日本医科大学医療管理学教室の高柳和江助教授の提唱された、“患者に癒しを与える”という視点に傾倒した。そして、高柳先生や仲間と共にアメリカで華々しく広がっているという「エデン運動」を視察した。そこでは、10の原則を、聖書の教えになぞらえて作成し、この原則の上に枝葉としての行動指針を乗せて高齢者施設における精神的バックボーンとして、主に精神的ケアに主体を置いたケアプランを作成し、それを実行していた。彼らは「退屈」というものも病気として捕らえ、それに対するケアの方法を開発していた。 日本ではケアは物理的な介護度という症状に対して対処されるが、米国のその運動は精神にもケアの対象を広げ、むしろ精神にこそケアが必要であるという視点を取っていた。
 帰国してから、高柳先生の8つの原則を柱に全国から集まった同士で、評価のためのスタンダード作製作業を行った。実際の評価スタンダードの各質問内容は、介護現場の看護師である我が施設の看護師等と詳細を相談して作製した。このスタンダードを使って、介護現場で評価を行ってみた。はじめは、施設全体に対する評価スタンダードであった。従って、評価用紙は評価者の数だけ用意すればよかった。また、点数配分を5段階にしていた。集計してみた。結果はほとんどの評価者が3または4をつけていた。従って、施設の特徴は解らなかった。 評価を、施設という全体的なまた物理的な物に向けたことによる失敗だった。 

(第二段階スタンダード)
 そこで、評価を入所者個人に向けることにした。そのため、入所要介護者自身が評価する個人用スタンダードと介護提供者が、受け持ちの入所要介護者を評価するスタンダードと、第三者が要介護高齢者の状態を見て、その施設の介護基準を評価するスタンダードという3つのパターンの評価スタンダードを作製した。高柳先生が、判別し易いように本人用を=アリス用、介護者用を=ハイジ用、第三者用を=アシュラー用と名づけた。 アシュラーというのは、研修を受けて、入所要介護者の気持ちがわかる人・代弁者になりうるような人という意味を込めている。そして、点数配分を4点満点とした。4点というのは、yesnoの二つしか選べないことを意味する。つまり、3点という=“どちらともいえない”を無くしたのである。日本人は中庸の精神を持って居る性か、3を好む。これでは良し悪しの評価が出来ないからである。
 今度は1人の入所要介護者に3枚の評価表が作られることになった。そこで、経済学部の新庄浩二教授の助言を得たところ、「施設に対する忠誠度を測るための質問項目が不足している」という指摘を受けた。つまり、一つ一つの項目は満足だけれど総合的に見て「この施設が好きではない」という入所者の気持ちを何処で吸収するのか?ということである。そこで、“ロイヤリテイー=施設に対する忠誠度”を問う質問項目を作製し、点数配分を高くした。 テストを開始した。結果は、1人に3時間かかってしまった。これでは、実際の現場では使えない。開発のための日が必要だった。日本病院学会は6月である。日が迫っていた。そこで、とりあえず最所のスタンダードを使った結果を発表することにした。点数は合計で取れたし、項目ごとの点数の分散は4がmax だったので、算術平均の分析を採用した。
 
 しかし、新庄先生からクレームが来た。“ロイヤリテイー”は沢山の項目のどれと相関があるのか?というのである。 そこで、45個の質問項目について“ロイヤリテイー”をたずねる項目との相関を回帰分析で分析した。その結果が図表1・図表2である。 

 ここで驚くべきことが現れたのである。“ロイヤリテイー”と相関するのは、点数の高い項目ではなくて、むしろ精神的欲求の高順位ものであったのである。 ここで、マーズローの欲求5段階というものが見えてきた。経済学の先生から見るとマーズローは門外漢であり、その重要度はあまり認識されていないと思われるが、マーズローという心理学者は、人間の欲求を5つの段階に分類した心理学者として高名な学者である。

アブラハム・マーズロー(19081970:アメリカの心理学者・人間の欲求を5つの段階に分けて、ピラミッド構成にした。人間の欲求は、底辺の欲求から、それが満たされると1段階ずつ上の欲求を目指すというもの。
1:Physical Need (生理的欲求) 
2:Safety (安心の欲求) 
3:Belonging(帰属の欲求)
4:Self-esteem(尊厳の欲求)
5:Self-actualization(自己実現の欲求)
と数字が大きくなるほど高度の欲求になる。このたびの検証は、将にマーズローの正しさを証明したようである。 私は、評価スタンダードの大項目分類を、マーズローで分類することが適当であることを教えられたように思う。

(マーズロー分類による評価スタンダード)
 マーズローによる評価スタンダードの開発に着手した。満点は200点。120点以上を合格点とする。 アリスとか、ハイジとかアシュラーという名前は日本人にとっては実際的ではないので削除した。評価方法は、入所要介護者に2枚にした。
 1枚は本人、本人が答えられない状態にある場合は本人に代わる代理人(家族でもいいし、介護者でもよい。代理人の資格を有する人で、法的に認定された人でなくても良い)用。
 あと1枚はその人を介護する担当者(介護者=主に施設側の人間)用。大項目はマーズローの欲求分類を使用し、生理的欲求を満たす介護行為から質問形式で作製していった。手引きを作成し、質問の内容をわかりやすいように説明した。図表3から図表10を参照されたい。

(更なる開発)
 マーズローによる評価スタンダードは1人の評価時間は早いもので20分で終了したが、そのために多大な個人情報の収集を必要とした。多大な個人情報が集約されていて始めて20分で終了するというものであった。このことから考えて、評価スタンダードだけを使い評価をするというより、評価スタンダードを使う過程で、必要な個人情報を取る努力が、実は最も大切なことではないかと思えた。つまり、評価スタンダードは評価するということではなく、評価するという行為を通じて、要介護者本人のニーズの発掘を助けるという大きな効果をもたらした。 
 私は、マーズローによる評価スタンダードを都市部や農村部、表日本と裏日本の知人の8施設に配布し、合計428のデーターを得た。以下の章では日本病院管理学会で発表した資料に基づいて分析結果を報告する。この評価スタンダードをもっとわかりやすくするために、今後は書式など一層の工夫が必要であろう。しかし、この評価スタンダードを使って、入所要介護者のニーズを掴むことが出来、その結果として、対処方法が現場サイドで発見出来、その結果としてより大きな満足度を入所要介護者に提供できたということは、評価スタンダードの役目を最大限に発揮できたということを意味する。



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図表1
ロイヤリティーと関連ある小項目を探す
図表2
点数の高い項目と低い項目一覧
図表3
利用者からの評価スタンダード
Ver1
利用者版
図表4
利用者からの評価スタンダード
Ver1
利用者版
図表5
利用者からの評価
スタンダード
Ver1
利用者版てびき
図表6
利用者からの評価スタンダード
Ver1
利用者版てびき
図表7
介護者から見た評価スタンダード
Ver1
介護者版
図表8
介護者から見た評価スタンダード
Ver1
介護者版
図表9
介護者から見た評価スタンダード
Ver1
介護者版てびき
図表10
介護者から見た評価
スタンダード
Ver1
介護者版てびき

  

第三章    評価実施とその結果
【第三章】  第一節   データー分析
図表11・図表12・図表13を参照していただきたい。データー件数は428件であった。全体の要介護高齢者本人の満足度は、200点満点中153.92点で、介護者が評価した満足度の146.87点より高い。これは介護者が考えている以上にユーザーである入所者本人は満足していることを示している。また、介護度毎の平均年齢と女性割合をとってみた。いずれも自立(介護保険は適用されない)以外では75%から85%が女性で占められていた。介護度が高い人(重度)ほど満足度が低い。これは、体が思うように動かないことによる生活範囲の狭さや、自分の意思どおりにならないことに対する不満があるからであると考えられる。また、これら全体の介護度の平均は、2.6であり、その標準偏差は、1.7であった。



【第三章】  第二節   分析結果の考察

全体を通してみると、マーズローの欲求段階の4=「尊厳の欲求」が良く満たされている。反面、「愛情の欲求」と、「自己実現の欲求」は点数が低い=つまり不満があるということである。このように見てみると、施設サービスでは、「日常生活の基本的欲求」とか、「安全の欲求」はほぼ満たされていることが窺える。つまり、日常生活のケアは出来ており、また、病気や急変に対しても対策が取られており、更に高齢者に対してその尊厳を守って、丁寧な処遇をしている様子が窺える。 154と言う高得点は、尊厳を重視してもらっているという満足感から出てきたものと思われる。

反面気になるのは、愛情に関する不満である。施設に入れられているという家族との隔離感がそうさせるのだろうか。この感情は他人である介護職員では埋め合わせできないものなのだろうか? また、当然といおうか、「自己実現の欲求」5が低いのである。私が調査した施設介護の現場は、あまりに何もかも整いすぎて、入所要介護者の活躍する余地が無いのかもしれない。前述したアメリカで爆発的に人気のあるという「エデン運動」では、尊厳と同時にこの自己実現の項目を結構重視していた。今日、日本では社会全体が、高齢者にとって自己実現できる手段をなくしていっている傾向がみられる。もし、アメリカのエデン運動のように「退屈」を病気と捉えるのであれば、高齢者の自己実現の場を創ることが、高齢者の生きがいを提供することにつながるものと考えられる(実際アメリカでも、極最近まで、高齢者の「退屈」は当然であり、リタイヤした人には社会の役割がなかったということを施設の管理者は教えてくれたのであった)。 介護が必要な人であっても、人間である以上自己実現をしてみたいと考えるのは当然であろう。次章では、介護度が改善された例を具体的に検証してみたい。

また、図表14から22は協力いただいた各施設の介護度別満足度のチャートである。このチャートでは注目に値することがある。図表12の折れ線グラフを参照すると、どの介護度も欲求3と欲求5が低い。ところが、欲求3(愛情)と欲求5(自己実現)の項目の点数が高い施設があるのである。いかなる処遇をされているのか?今後研究させていただきたいと思う。また、医療系の施設と介護系の施設に満足度評価に散らばりがある。この件も再度検証する必要があるであろう。

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図表11
介護度別平均年齢
全体に占める女性の割合
図表12
満足度数比較表
図表13
欲求点数
図表14
介護度別満足度
施設1
図表15
介護度別満足度
施設2
図表16
介護度別満足度
施設3
図表17
介護度別満足度
施設4
図表18
介護度別満足度
施設5
図表19
介護度別満足度
施設6
図表20
介護度別満足度
施設7
図表21
介護度別満足度
施設8
図表22
介護度別満足度
施設9

  
 第四章    改善事例の評価
【第四章】  第一節   改善事例

私の所属施設、“しおさきヴィラ”では、具体的に介護度が下がった(軽減した)例がある。その例を記載する。ほんの些細な働きかけで良くなっているケースをご覧いただきたい。そして、最も重要なことは、この様な改善が、管理者の鶴の一声でやれたのではなく、管理者の命令でやれたことでもなく、むしろ現場のスタッフの自発的な創意によって生まれたという点が重要なのである。

【介護度が下がった例】

例1:89歳 女 介護度5⇒2へ :右目不自由 オムツ使用で一時トイレ使用可能。夜間に何度もトイレに行きたくなるので、なかなか眠れない状態が続いていた。⇒ 昼間の入浴を、本人の希望を取り入れて夜の入浴に切り替えたところ、夜間のトイレ回数が減って、よく眠れるようになられた。よく眠れるようになって気分が良くなって、人の役に立ちたいという意欲が出てこられた。目が不自由なのだが、おしぼり巻きを頼んでみた。おしぼりは白いので、不自由な目でも見やすいのだ。今ではご自分の“お仕事”として、毎日欠かすことなく食堂に出てこられて、スタッフと“お仕事”を続けている。またその手際は大変すばらしく、スタッフも大いに賞賛しているので。ご自分に自信がつかれたのだろう。トイレも一部介助から自立へと改善して、介護度は重度の5から軽度の2へ下がった。


例2:73歳 女 介護度4 ⇒ 3へ :入所中にご主人が死亡。失意の日々であった。⇒ スタッフが1週間集中的に、スキンシップを取りながら話し相手となり、心のケアに努めた。以前よりいっそうスタッフとの心の交流が生まれたのか、「頑張って家に帰って夫の供養を私がしなくてはならない」という言葉が出てきた。スタッフはこれを好機ととらえ、リハビリを再開した。ご本人の希望を、いつもスタッフが声に出して繰り返し、励ましを続けた結果 ⇒リハビリ意欲が高まって、下肢の筋力が増して、立つことが出来るようになる。立つことができたので、トイレでの下着の上げ下ろしも出来るようになる。そのことにより、本人の自信が生まれて、装具をつけて10m歩行ができるようになり、現在は日々歩行距離更新中であります。


例3:83歳 女 介護度4 ⇒3へ :食事中にむせるので、誤嚥で気管に食物が入ってはいけないとの判断から、副食は“きざみ”であった。ご本人がふと口にした「形のあるものが食べたい」という希望を敏感に捉えて、ご家族の同意を得て(誤嚥の心配がある人に形のあるものを与えて、もし誤嚥をおこされた場合、施設側が責任を問われるから)副食を普通食にすると、「何のおかずかよくわかるし、魚の形が見えてうれしかった。おいしかった」と喜ばれた。今ではご本人は食事が待ち遠しく、食欲も進み、精神的にも安定されて、ご家族も大変喜ばれている。介護度は軽減した。


例4:66歳 女 介護度4 ⇒3へ :引っ込み思案な性格の方だった。気管切開をしているので、同室の人と関りをもつことが出来ない状態が続いていた。⇒ 何か役割を持っていただき、ご自分を肯定できることで、生活の積極性が生まれるのではないかとスタッフは考えた。そこで、おしぼり巻きの手伝いを毎日スタッフと一緒にするようにしていただいた。そのうち、ご自分から「そろそろおしぼり巻こうか」と出てこられるようになった。それにつれて会話量が増えてきて、今では、ご自分から他の方を誘ったり、他の入所者にやさしい言葉をかけたりと、他の入所者とのコミュニケーションがうまく取れるようになられた。その結果介護度は軽減した。


例5:72歳 女 介護度2⇒1へ : 対人関係がうまくいってなかった。⇒ 毎日同じ場所で行う小集団のレク(レクリエーション)に誘い、歌をうたったり、思い出話をしたり、人と触れ合う機会を沢山紹介した。いつもこの施設では小グループなので、自然に友達が出来る。ある人の歩行訓練を見て、入所時は拒否していた歩行訓練だったが、出来た友達と二人で楽しそうに会話しながら参加された。介護度は軽減。現在は理学療法士と共にリハビリ中である。


例6:91歳 男 介護度3⇒2へ : 夜間にお腹が痛くて眠れないからと薬を要求される。⇒ 入浴時間を夜間入浴に切り替えたところ、適度の疲労感・腸の蠕動運動が促進され、「昨夜はよく眠れました」と喜ばれた。昼間も大浴場に入ることができる“ボーナス入浴制度”を設けた。ご本人は薬に頼ることなく楽しんでいただいている。介護度は3から2へ軽減。(施設では週2回の入浴が義務付けられている。夜間入浴は、入所者の日常生活にとっては現実的だが、職員配置の関係で夜間入浴をしている施設は稀である)


例7:91歳 女 介護度3⇒2へ :入所当時は閉じこもり。⇒ 毎日スタッフが、時間を決めてレクに誘いにゆく。スタッフとコミュニケーションが取れるようになり、手をつないでスタッフと部屋から出てこれるようになる。今では「友達ができて、うれしい」という言葉が聴かれるようになった。それに伴い、更衣も全介助から一部介助へと改善出来てきて、今では歩行器で友達を誘いに行かれるまでになられた。介護度軽減。


例8:87歳 女 介護度5⇒4へ : 入所当時は食事に全介助が必要だった。指先の力は弱いが、握力はあり、腕を上下することは可能だったので、スタッフが、スプーンの柄に発砲スチロールを巻くなど食事がご自分で出来るように工夫した。食事時にはスタッフが常時話しかけた。作業療法士の協力も得て、スプーンやフォークの角度の調節などさまざまな工夫をした結果、介助なしで食事が出来るようになられた。今では食事を楽しみに待っておられる。介護度軽減。食事の摂取がうまくゆくと、全身の栄養状態が良くなり、身体的動作が活発になるので、今後のケアの仕方でもっと軽減する可能性は高い。


例9:72歳 女 介護度4⇒3へ : 脳梗塞後遺症あり、立つことができないので、1日の大半を車椅子で過ごし、ストレスのためか他の入所者に暴言を吐き、けんか腰になることもしばしばあった。ご本人は歩行訓練を希望しなかったが、夫の希望で歩行訓練を開始した。理学療法士やスタッフの励ましで頑張ってもらい、最近では10mを3往復も出来るようになられた。夫は毎日面会にこられ、スタッフと共に大きな声で励ましている。目標ができたことで、暴言が減り、今はトイレ誘導のための訓練中である。介護度軽減。


例10:76歳 男 介護度4⇒3へ :入所当初は出口を探しまわり、脱走行為が数回あった。また、トイレを認知できなくて、洗面所での放尿がしばしばあった。また、失語症のため、入所者はもちろん、スタッフともコミュニケーションが取れなかった。⇒ 田舎にすんでおられたという情報で、短時間の園芸療法を試みたところ、大変丁寧な作業をされた。作業後タバコを1本差し上げると「コリャーええわ」と満面笑みで、声が出て、話が出来た。これをきっかけとして、場所の認知を高めるため、使用するトイレ一箇所に決め、そわそわし始めるとスタッフがすかさずトイレに誘導することを繰り返したので、放尿はなくなった。場所の認知が出来ると同時に時間の認知も出来るようになり、「おおもうこんな時間じゃ」といいながら、食事の席につくなど、生活の言葉が増えてきた。デイルームでテレビを見たり、ソファーで昼寝をしたり、職員の掃除を手伝うなど役割も職員と共にいると出来るようになられた結果、出口を求めての徘徊はなくなり、生活の中で“感動”が出来てこられた。介護度は軽減。


例11:86歳 女 介護度5⇒3へ : 病院より腎不全のための内服薬を大量に持って入所。食事もミキサー食(全部をミキサーにかけてどろどろにするー非人間的な食事)の指示が出ていた。食事や、服薬を拒否し、吐き出してしまうことが多かった。食事を無理強いすると吐き出したり、投げつけたり、立てないのに椅子から立ち上がろうとされ、食事にならなかった。 ⇒ 食事の様子をよく観察してみると、嚥下も食事動作にも障害はなかったので、全粥ときざみ食に変更した。しかし、思ったほどの効果はなかった。再度観察すると、隣の人の食事を羨ましそうにみておられたので、主食をおにぎりにしてみたところ、食べようとする意欲が強くなった。そして、以前のような行動は見られなくなり、お箸を使い、他の入所者と楽しそうに会話しながら食事をされている姿を家族がご覧になり、大変驚かれた。今では内服薬も減量することが出来るようになり、在宅に向けて調整中である。


例12:88歳 女 介護度5⇒3へ : 脳梗塞退院後在宅で生活。家人が、事業をしていて、お手伝いの人に任せて出勤していた。お手伝いの人が介護のことがわからない素人だったため、ベット柵の中に閉じ込めたきりにしていたため、歩行困難となり、痴呆がひどくなって入所。食事も全介助であった。 ⇒ スプーンの柄を工夫して自力食事摂取を助けたので、食事の量も増えてきて、体力が回復、車椅子使用から、シルバーカーをぼちぼち押して歩けるようになられた。同時にトイレ誘導を根気よく行ったので、“はくパンツ”が使えるようになった。更に、尿意が意識できるようになられたので、トイレで排泄が出来るようになられた。また、入所時より夕暮れになると帰宅願望が強かったが、ADL(Activities of Daily Living=日常生活動作能力) の向上によって、帰宅願望もなくなり、家族も外泊を受け入れられるまでになった。また、家族と外出することで、話題が増え、スタッフや他の入所者とのコミュニケーションが増えた。ご本人の本来の茶目っ気のある行動が見られるようになり、レクや演芸会での人気者である。ネイルケアがお気に入りで、きれいなマニキュアを喜んでおられる。外出で、ご自宅へ帰っても、「早くヴィラに帰りたい」と催促されるそうで、老健としてはうれしいような悲しいような複雑な気持ちだ。

  

【第四章】  第二節   改善の傾向と分析

 このような改善がどうして起こったのであろう。きっかけは、満足度評価スタンダードの導入である。今までも良好なケアをしていたが(第三者評価で高得点を取得した実績より)システム的に改善を実施しだしたのは、評価スタンダードの導入からであった。改善されて、介護度まで低下した人の例をみると、介護状態がリハビリによって良くなったから満足度があがったというより、満足度があがるようなその人その人のニーズを掴んだから、精神的に満足出来、その結果として自然にリハビリに移行できたという例が多い。そして、その人が生きがいを見出せた場合は急速に改善されているのである。また、反対に、何時までも人を当てにして、精神的に自立心が無い人の場合はいくらスタッフが働きかけても一向に改善が生まれなくて、徐々に悪くなられている。 自立心が薄い人も何らかの働きかけで自立心が生まれるのかもしれないが、現在までの試行では、そのキーワードが見出せなかった。 
 我々の改善事例から言えることは、どんなに小さなことでも、その人が暮らす場所で、役割を持っていること。そしてその役割を果たしてくれることに対し、周りの人間が感謝すること。そうすることで、本人に自信が付くこと、が大切なことである。まるで子供の教育のようであるが、子供であれ、高齢者であれ、人間としての感情は何ら変わりないものと思われる。Spiritualという言葉がWHOの健康の概念の中に入ったが、将に大切なものはSpiritual を社会が守り育てることではないかと考える。

【第四章】  第三節    スタンダード開発の意義と評価

スタンダードは、その物事のあるべき道を指し示すものでなくてはならない。そして、それは教育としてのテキストの役割を果たすものでなくてはならない。更にそれには理念が無くてはならない。 私が創った評価スタンダードは、サービス消費者の視点に立ったものである。理念を具現するために大切なことは、スタンスの確立である。

 満足度と言う限り、スタンスはあくまでユーザー(消費者)に置くべきで、決して一項目たりともサービス提供者にスタンスを置いてはならない。そうでなければ、消費者のニーズ(要介護高齢者)が見えてこないからである。

 福祉関係の諸事は、おうおうにして、妥協の産物であることが多いが、妥協の産物では、消費者ニーズがつかめないのである。更には現場で自然に対象者のニーズがつかめるものでなくてはならない。いちいち管理者に伺いをたてたり、本を開いて見なければならないようでは日常的な改善が生まれてこないのである。 改善を生むことは、携わる職員に達成感というマーズローの欲求5を与えることになる。 評価スタンダードはそれらが全て、ビルトインされたものであるべきだと考える。そして、一番大切なことは、全体の満足度ではなく、一人一人の満足度を計ることである。個々の人間にアクセスしなければ、ニーズは掴めない。

 「評価」というとちょっと怖いような言葉であるが、評価という絶対的な物差しの中に改善を生む萌芽を秘めたものでなくてはスタンダードとはいえないのである。

 我々は評価スタンダードをうまく使って、新しいケアのやり方を探ることができるのである。 以下の章では、改善がいかに社会的に必要であるかを数字を基に実証する。

  

第五章   今後の課題と政策提言
【第五章】  第一節   今後の課題
                                    (単位:億円)    
(厚生労働省統計より)

介護保険が始まった平成12年からの、介護保険の支払い状況は、上の表を参照していただきたい。平成12年度が在宅サービス=1兆1,710億円・施設サービス=2兆3,450億円。平成13年度が、在宅サービス=1兆5,480億円。施設サービス=2兆5,050億円。平成14年度の4月だけをとれば、平成13年度4月に比べて、在宅サービスで1.3倍、施設サービスで1.06倍になっている。年々支払い額が増加していく傾向にある。最近の新聞報道では、平成14年度は総額5兆円を突破するということである。介護保険の主体は地方自治体であるため、一部には介護保険は黒字である自治体もあるとかの声もあるが、収支は公表されていないので定かではない。 しかし将来のことを考えれば、赤字は必定であるという認識から、平成17年(2005年)度には介護保険料支払い義務対象者が、現在の40歳以上から20歳以上に拡大されようとしている。しかし、私は介護保険に何らかのシステムの変更を加えなければ、タダでさえ厳しい日本経済の状況下で、地方自治体の歳入も減少傾向にある中で、高齢社会を支えるシステムが行き詰まり、社会的な不安は益々増大し、大変な状況になるのではないかと心配する。当然、日本の知力を結集して、制度改革の検討をされていることと思う。一現場からの提案ではあるが、今まで述べてきた私の所属する施設の改善事例を見るとき、日本の社会保障制度の解決の糸口が見つかるような気がしている。

そこで、私は、介護老人保健施設しおさきヴィラに起こった介護度軽減という“変化”を、全国の施設に当てはめて推計してみて、その成果を検証することにする。

1.【表1】は、兵庫県姫路市の郊外に位置する介護老人保健施設しおさきヴィラで開発した、個人満足度評価スタンダードを使用して入所要介護者の満足度を調査した副産物として生まれてきた「改善」を、入所高齢者計110人に実施した結果である。 改善実施と再調査の期間は8ヶ月である。介護度低下(=軽減)した人で、 実際自治体からの介護度再審査以前の状態である人は、施設のケアマネージャーが判断した(自治体から示されたマニュアルに則って判断)介護度を採用した。 介護度の係数は小さいほど介護の必要性が少なく、係数が高いほど介護の必要性が多い=つまり重度の状態を指す。

ここでは、介護度が1段階低くなった人=介護状態が1段階改善された人(1段階軽度)=29名。介護度が2段階改善された人(2段階軽度)4名。 また、個別ケアで改善を試みたにも関らず、介護度が1段階悪化した人(1段階重度)=24名。 介護度が2段階悪化した人(2段階重度)=1名。 3段階重悪化した人(3段階重度)=1名がいることを示している。(介護度悪化の中には、転倒し骨折して手術した人・肺炎を起こし、病院に入院して食事が摂れなくなった人・脳梗塞を起こし、いずれも入院して後に施設に帰ってきた人も含んでいる) 尚この施設の入所者の平均介護度は3・42である。 また、表1には、改善・悪化の介護度の内訳を記載している。この施設では変化なしが51名46.36%ある。

2.【表2】は、平成12年度の全国と兵庫県・姫路市の介護度の段階変化(要介護認定の変更)と「しおさきヴィラ」の介護度の変化を表にしたものである。尚、変化した者の介護度別の内訳は【表5】に記載した。また、平成13年度の介護度段階変化の統計は出ていないため、平成12年度のものを採用した。また、「しおさきヴィラ」のデータは平成14年度(実施年度)のものを採用している。【表2】を見ていただければ解るように、悪化した割合は「しおさきヴィラ」も全国もあまり大きな差は無いが、介護度が軽度へ変更した=つまり介護度が低下した割合が大きく違っている。この場合、全国はまだ「改善」が実施されていない状態と見るべきで、「しおさきヴィラ」のケースは個別ケア実施で「改善」が行われた状態として見ていただきたい。 つまり下の横棒グラフの“差”は、「改善」前と「改善」後の相違として見ていただきたい。

3.
【表3】は、介護保険から施設に支払われる際の金額が、介護度の変化によってどれ位変化するかを、マトリックス表を使って、月額と年額で表している。尚この際、都市加算といって、都市部に所属している施設に支払われる加算金額は加味していない。すなわち1点=10円として算定している。上のマトリックス表は月額を、下のマトリックス表は、年額を表している。夫々の金額単位を異にしているので注意を要する。

4.【表4】は、平成12年度姫路市発行の年報データから、介護度が変化した人を施設利用者と在宅者に分けて推計した。特に施設利用者においては、変化した人の同介護度全体に於ける人数を割合で表した。 全国と兵庫県、姫路市について算出してみた。ここで2種類の推計を出している。なぜなら、変化をした要介護者で、施設利用者が何名・在宅者が何名という統計が無いからである。また、要介護者は施設と在宅の間を行き来して流動的な部分があることを考えたが、ここでは、割合で施設利用者と在宅を分けて考えることにする。また、【表5】の変化有・変化無しの合計件数と【表4】の施設利用者の合計に差異が生じている。これは、何に由来するか判別していないが、おのおの下に記載した死亡者の数を考慮してほしい。

5.【表5】は、介護度の調査で、初回と二回目の調査の間に変化が生じた件数を表したものである。平成13年5月末処理時点での、全国と兵庫県並びに姫路市の統計データを記載している。

6.【試算表1】は、平成12年度の全国の施設利用者の介護度変化によって、介護保険から支払われる金額がどのように増減したかを推計したものである。 この推計には、全国の要介護認定者の中で施設利用者の割合(21.77%)を単純に全国の変化人数の各介護度別変化者人数に掛けたものを推計1として使用した。
この際、年間に増減する介護報酬費用を百万円単位で表している。

尚、変化人数と施設利用者人数の差は変化なしの人数に入れて吸収した。

この結果、全国では、年間で656億9300万円の支払金額が増加している。

7.【試算表2】は、試算表1と同じく全国の施設利用者を推計し、その変化による保険支払い金額の増減を算出しているが、変化した人数を、各介護度に置ける施設利用者の割合で表した推計2を使って算出したものである。
この結果、全国では、年間で836億5900万円の支払い金額が増加している。

8.
【試算表3】は、「しおさきヴィラ」の「改善」実施によって変化した介護度はいったい年額でどれくらいの保険支払い金額の増減を招いたかを推計した。この結果。年間で130万円の保険支払いの減少が起こっている。

9.【試算表4】は、試算表1及び試算表2と同様に推計した、兵庫県の年間保険支払い金額の増減を算出している。ここでは推計1と推計2を合わせて併記している。その結果、推計1では兵庫県で年間に21億6600万円の支払い増加が起こり、推計2では、年間に29億5000万円の保険からの支払い費用が増加していることを示している。

10.【試算表5】は、全国・兵庫県と同様に姫路市おいて、年間に保険支払い費用がどのように増減したかを推計1と推計2を使って試算した。その結果、推計1では年間に2億2700万円の支払い増加が、また、推計2では年間に2億8700万円の支払い増加が起こっている。

11.【試算表6】は、「しおさきヴィラ」と同じ改善が全国の施設で実施されたと仮定して、年間に介護保険の支払い費用がどのように変化するかを試算したものである。試算の結果、年間に全国で99億6500万円の減少が起こる。すなわち、改善しない場合と比較すれば、756億5800万円から936億2400万円の費用の節減が起こることを表している。

12.【試算表7】は、試算表6と同様にして、「しおさきヴィラ」と同様の改善が兵庫県の施設で行われ、同様の介護度の変化が起こった場合に予想される介護保険の支払い費用の状況である。この試算の結果、年間に兵庫県で、13億600万円の費用減少が起こる。すなわち、改善が行われない場合と比較すれば、34億7200万円から42億5600万円の保険支払い費用の削減が可能になることを表している。

13.【試算表8】は、同様にして姫路市の施設で、「しおさきヴィラ」と同様の改善が行われ、同様の介護度の変化が起こったと仮定した場合に変化する介護保険支払い費用の状況である。この試算の結果、年間に姫路市で1億3100万円の費用の節減が起こることになる。すなわち、改善が行われない場合と比較すれば、3億5800万円から4億1800万円の保険支払い費用の削減が可能になることを表している。

 これは、施設入所利用者に限定した場合の推計を出している。 しかし、現実の社会では、施設入所者と在宅で介護を受けている人は、流動的であるから(介護保険下では、一生施設で生活する人もあるが、施設と在宅を往復する人も多い)、全要介護者に対し、個別満足度を向上させるような「改善」を実施してゆけば、要介護者のQOLの向上からADLの向上に繋がり、もっと多くの費用削減効果を期待することが出来だろう。


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表1
入所者の介護度別の変化状況
表2
平成12年度の介護変化の基礎資料
表3
介護度変化に伴う費用の増減
表4
平成12年度全国・兵庫県・姫路市の施設利用者推計人数算出表
表5
前回の介護度からの変更明細
試算表1
平成12年度全国の施設利用者の介護度変化に伴う介護保険支払い費用の増減表・推計1
試算表2
平成12年度全国の施設利用者の介護度変化に伴う介護保険支払い費用の増減表・推計2
試算表3
平成14年しおさきヴィラの介護度変化に伴う介護保険支払い費用の増減
試算表4
平成12年度兵庫県の介護度変化に伴う介護保険支払い費用の増減表
試算表5
平成12年度姫路市の介護度変化に伴う介護保険支払い費用の増減表
試算表6
「しおさきヴィラ」と同じ改善が全国の施設で実施されたと仮定した場合の介護保険支払い費用の増減表
試算表7
「しおさきヴィラ」と同じ改善が兵庫県の施設で実施されたと仮定した場合の介護保険支払い費用の増減表
試算表8
「しおさきヴィラ」と同じ改善が姫路市の施設で実施されたと仮定した場合の介護保険支払い費用の増減表

  
【第五章】  第二節   政策に対する提言

 介護保険は、介護度に対する支払いである。施設介護に限って述べれば、介護度が高いほど保険から施設に支払われる金額は多くなる。介護を受ける対象者は高齢者と、加齢に伴う要介護者と認定された40歳〜64歳の人(実際は非常に少ない)である。 従って、彼らは限りなく死に近づいて行っている人たちである。医療保険が取り扱う病気は、治癒すれば、それで完結するものであり、死まで病気を引きずる人は一部の人であろう。それより、高齢者の場合は介護保険のお世話になる人の方が圧倒的に多いと考えられる。要介護者は、放置しておけば良くなるということは無く、ますます悪くなるものである。市場の原理から勘案すれば、介護保険が全国的に広くその保険料を徴収し、しかも保険料を高くすればするほど、その保険を使おうとする人は増えてくる。(出したお金は元を取らなければ損という考え方が人々の基本的な考え方の中に存在するからである) 

一方、保険者の側から見れば、保険が破綻しなくて済む方法は、
@介護保険を使う人を少なくすること。
A要介護の人の介護度が、高くならずにそのままで推移すること。
B要介護度が低下する人が、高くなる(悪化する)人より多くなること。

C保険料が多く入ること 
D保険給付を減額すること。
などである。平成15年度から政府はCの方法、つまり施設に支払う保険給付金額を減額すると発表した。


 私は、その様な方法は、決して保険支払総額を減額するとは思わない。なぜなら、施設は事業体であるから、もし収入が減ったとしてもその分費用が減って、結果利潤が増額するなら、多分満足するであろうが、収入が減っても費用(人件費等)が減らないなら、利潤が減少するので、多分収入増加の為に何らかの方法を講じるであろう。収入増加の方法は実はいとも簡単なのである。なぜなら、介護度=報酬であるから、介護度を上げれば報酬は自動的に上がるからである。介護度を上げるには、@重介護度の人を選んで入所させる。A現在の介護度より重度にする の2通りがある。この場合私は倫理観を無視して語っている。施設にとっては、Aが一番容易で、しかも費用が最も少なくて済むのである。つまり、介護職員に、安価な新人を入れ、教育費を使わないで介護をさせる⇒十分なケアが出来ないので、入所者の状態が悪くなる⇒介護度が上がる(悪化する)⇒収入が増える⇒利潤が増える・・・・これをモラルハザードと言わなくて何と言うのだろうか?

 
このような状態は、福祉先進国のすることではない。人間的にも許せない行為である。しかし、市場経済の原則から見れば、このような状態が生じる可能性があるのである。どこがおかしいのだろうか? 

事実、一生懸命頑張って、第三者評価で優秀と認められた施設があり、そこでは入所者に適正なケアを行っているので、介護度が低下している。それにつれて、収入も減少している。また、他方では、良い評価を受けられなかった施設があり、そこでは、素人のような介護者で十分なケアを行っていなくて、介護度が上がっている。その結果、収入が増えている。良い評価は受けられなかったが、世間体は良くないが、経営的には満足なのである。つまり、一生懸命しなければ収入が増えて、一生懸命すれば、収入が減る。このような市場経済原則を無視したような状態を、介護保険制度は作り出しているのである。つまり介護保険制度が、完全に資本主義市場経済原則を無視していることの証拠である。国民の大多数から保険料を徴収して、国民の大多数の生活に関与する事柄であれば、広く市場経済理論を当てはめるべきである。そのためには、いかにすればいいのか?

@:まず現在行われている施設介護と在宅介護について、損得を同じにするような調整をかけるべきである。その損得とは、消費者から見た損得であって、経営側から見た損得ではない。過去に存在したような、医療保険を使って入院しているほうが、介護保険を使うより安上がりだったりするようなことがあってはいけない。現在のように、在宅において介護する家族の負担を金銭的に算出すれば、施設利用の方が割安感がある間は、消費者は、施設利用を選ぶ。従って、いくら在宅を勧めても施設利用の方が多いのである。

A:第三者評価という言葉が流行している。元来第三者評価とは、市場の競争を促すときに、専門的な分野などで、一般消費者に知識がないために消費者が適正な判断を下せない時、市場経済に大きな無駄と、無理が生じるのを防ぐために設けられたシステムである。然るに、現在の福祉市場のように、施設側の売り手市場で、入所するために長蛇の列が出来るような状態で、第三者評価は十分機能するとは思えない。
 事実、全国に作られている介護の第三者評価システムの場合、試験段階では、調査を受け入れる施設があるが、いざお金を出して、調査を受けるとなると、手を上げるところが激減しているという事実が如実に物語っているではないか?
 従ってまず創るべきは、サービスの種類の豊富さと、多様な個別ニーズに対応できる料金体系である。第三者評価は決して悪いものではない。むしろすばらしいシステムである。しかし、それは、前述のように市場経済が行き渡っていてこそ始めて機能するもので、福祉界のように完全統制の基では第三者評価自体が無意味である。もし、第三者評価を実施するなら、個人の満足度を測るようなスタンダードの開発をして、その実施を義務付けるべきであろう。そして、結果を公表し、個人のQOLを高めるような評価が生きるようなシステムを創るべきである。

B:努力したら報われること。これも当然の摂理である。従って、介護保険市場において、ある一定期間で、同一人物に対し、介護のアウトカムとしての介護度が低下=軽減した場合に、成功報酬を導入すべきである。

C:反対に一定期間に基準以上に介護度が悪化するような施設があれば、ペナルテイーとして、報酬のカットをも導入すべきである。

D:介護度を改善するための、ヒューマン技術革新としての、満足度を高めるケアの開発に着手すべきである。

E:要介護者の介護度軽減化のための大きなファクターとしての、家族の役割について、もっと研究すべきであり、改善要素としての家族にも、褒賞制度を創設するなどのインセンテイヴを導入すべきである。

F:全国的に、「改善」をして、介護度軽減した施設や、家族を公表して、全国的に改善が進むように工夫すべきである。

G:もし反対に、成功報酬・褒賞金を実施しないで、点数削減ばかりを政策の柱に置くと、収入の確保のために介護度を上げる(悪化させる)機運が生まれる。今の制度では、介護度がすなわちお金=収入だからである。介護度を上げる(悪化させる)ことはいとも簡単である。「改善」などしないで、安価な低品質の介護者を雇って、ほどほどの介護をし、家族に対しては、自己負担額を上げて、要介護者の介護度が低下しても褒賞しなければ、不安と、不満足と不信が要介護者を覆って、当然の如く悪化するのである。そうすれば、施設の収入が増える。⇒これこそ壮大なモラルハザードではないのだろうか? そうなればもちろん、介護保険からの支払いは増加の一途を辿り、政府の予算は膨れ上がる⇒点数を下げる⇒また、収入確保のため悪化を図る⇒また、保険支払いが増える⇒保険料徴収額の増額⇒国民の不安の増幅・・・悪化サイクルを進む。悪化サイクルを進むのか、改善サイクルを進むのか、只でさえ老後の不安から、日本経済が低迷している時である。今は将に、介護保険の分岐点ではないだろうか!

H:国の保険制度は基礎として、この上に民間保険の導入も図るべきである。
第二次世界大戦直後と違い、21世紀の日本は、成熟した経済体制になってきている。個々の国民の嗜好と、選択に大きな幅が出来てきた。社会保障としての福祉・医療も、多様性の創造を促すような政策を導入して、フレンジベネフィットから、ヒューマンサービス産業へ、変身する時期がきていると考える。

 
 今こそ、21世紀の日本版社会福祉の理念・原則を創り、市場経済原則に合致した、安定的な介護保険制度を創るべきだと考える。 

 最後に、調査にご協力いただいた全国の施設と、助言をいただいた高柳先生、ご指導いただいた新庄先生、ご協力いただいた役所・医療界・福祉界・報道界の方々に心から感謝を申し上げます。
                                      完

      
参考文献
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足立正樹:「福祉国家の転換と福祉社会の展望」2001:高菅出版 
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ゼミナール「日本経済入門」2002:日本経済新聞社 
日本経済新聞・朝日新聞 記事