表題  糖尿病に合併した壊疽性筋膜炎の3例
著者  井野病院 外科医師  林 悟  他
発表誌  日本臨床外科学会雑誌 第653号833-836,2004
論文種別  症 例
和文抄録 糖尿病に合併した壊疽性筋膜炎の3例を経験した。

●症例1:50歳、女性で発熱、腰痛のため受診した。CTにて腹部の広い範囲で皮下組織内、腹筋内にガス像、後腹膜腔内の膿瘍形成を認めた。外科的ドレナージ、壊疽組織の除去にて治癒した。

●症例2:
70歳、女性で意識レベルの低下のため救急入院した。CTにて下腹部の腹壁に広範な皮下組織内に気腫を伴う膿瘍形成を認めた。頻回の外科的ドレナージ、集中治療を行ったが、肺炎のため死亡した。

●症例3:77歳、男性で顔面の腫腫を主訴に来院、CTにて顔面、頭部の皮下組織内に気腫を認めた。外科的ドレナージにて治癒した。
糖尿病では壊疽性筋膜炎はしばしば重症化する。臓器障害を合併した症例では死亡率が高く、適切な全身管理が必要である。
索引用語 壊疽性筋膜炎、糖尿病、Fournier's gangrene
緒言 壊疽性筋膜炎necrotizing fascitis は細菌感染により急速、広範な皮下組織の壊死をきたす疾患である。糖尿病患者には発症しやすく、重篤となることが多い。最近われわれは糖尿病に合併した壊疽性筋膜炎の3例を経験したので報告する。
症例 症例1:50歳、女性。
●主訴:発熱、腰痛。
●現病歴:発熱、腰痛のため近医受診。高血糖を指摘され当院内科に紹介入院した。入院後、発熱持続し、腹部の腫脹出現したため外科受診した。
●現症:身長147cm、体重42s、体温39.5℃、腹部全体に圧痛を伴う腫脹が著明であった。
●血液検査:WBC21,990/mm
3、CRP22.6mg/dlと炎症所見高度で、血糖は308mg/dlであった。
●腹部X線:液面形成を伴うガス像を認めた。(図1)
●腹部CT:皮下組織内、腹筋内にガス像、後腹膜腔内の膿瘍形成を認めた(図2)

6ヶ所を切開した。左腹壁部および後腹膜下の膿瘍にはそれぞれセーラムサンプチューブを留置し、10日間低圧持続吸引下に酸化水、生食水による洗浄を行った。抗生剤はPIPC、CTMを使用した。膿の培養からは大腸菌が検出された。症状は漸次軽快し約1ケ月後糖尿病性網膜症の治療のため他院に転院した。

症例2:70歳、女性
●主訴:全身倦怠、意識混濁
●現病歴:3年前脳梗塞のため入院加療を受けたがその際糖尿病を指摘された。入院3日前より全身倦怠感出現し以後増強。自宅にて転倒し歩行不能となり救急車にて当院に入院した。
●入院時現症:体温37.4℃、脈拍不整、意識混濁を認めた。
●現症:下腹部より陰部、左大腿にかけて同部に握雪感を伴う腫脹が著しく、左大陰唇部に小潰瘍を認めた。また、右下腿に転倒時の骨折による腫脹があった。
●検査所見:WBC14,660mm3、CRP20.9mg/dlと高度な炎症反応を認めた。血糖は424mg/dl、尿中ケトンは陰性であった。またBUN71.4mg/dl、Cr1.7mg/dlと腎機能障害を認めた。心電図上心房細動であった。
腹部CT:左下腹部を中心に広範に皮下組織及び筋肉内ガスが存在した。(図3)
 
病変部の皮膚切開を行ったところ、悪臭を伴う排膿とネズミ色の壊死組織を認めた。創部の細菌培養検査ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(C.N.S.)と嫌気性菌(同定不能)を認めた。創部のdebridment、過酸化水素、酸化水などによる洗浄、抗生剤(CEZ、PAPM、CPZ)の投与にて発熱などの症状はやや軽減し、白血球数、CRPは低下した。入院時は1日150単位にインスリン投与にてもコントロール不能だった血糖値も改善した。大腿骨頸部骨折の併発、意識レベルの低下、痴呆のため長時間の臥床がしいられた。入院2カ月目に突然の心停止をきたし蘇生術施行、人工呼吸器による管理を行った。創部の細菌培養検査は一時期陰性化したが、その後黄色ブドウ球菌、カンジダ、さらには緑膿菌と筋交代現象を認めた。挿管チューブからも黄色ブドウ球菌、緑膿菌が培養された。患者は入院から約2ヵ月半の経過で肺炎、DICのため死亡した。

症例3:77歳、男性
●主訴:顔面腫脹
●現病歴:約10年前に糖尿病を指摘されている。老人病院に入院していたが退院後、近医にて糖尿病の治療(オイグルコン2T/day)を受けていたが1997年1月10日頃より左頬部の腫脹出現、抗生剤の投与を受けたが軽快せず当院に紹介入院した。
●入院時現症:身長160cm、体重50s、体重37.5℃、左頬部腫脹著明で開眼不能、口腔内も左頬部に腫脹あり義歯によると思われる裂傷を認めた。
●血液検査:WBC15,990/mm3、CRP17.6mg/dlと強い炎症反応を認めた。血糖410mg/dl、HbA1C15.0と糖尿病のコントロールは不良であった。
●頭部CT:左顔面から頭部にかけて広い範囲のガス像を認めた(図4)

口腔内、顔面、頭部の切開排膿術を施行した。前の症例と同様に腐敗臭を伴う排膿と大量の壊死組織を認めた。細菌検査では腸球菌と嫌気性菌が培養されたが、創部のdebridment、洗浄、抗生剤(PIPC+CLDM)の投与にて陰性化し、約10日間の経過で臨床症状、血糖コントロールの改善が得られた。
考察 壊疽性筋膜炎necrotizing fascitisは非クロストリジウム性ガス壊疽non-clotridial gas gangreneと同様の概念と考えられ、皮下組織内のガス像を特徴とする。特に外陰部に発症するものはFournier's gangreneとして知られている1)。急性の壊疽性細菌感染症で、感染の中心はsuperficial fasciaで皮下の結合組織である2)が、ときに深部筋膜、筋肉層にまで炎症が波及することもある。
起炎菌としては大腸菌、連鎖球菌、クレブシエラ、黄色ぶどう球菌、バクテロイデスなどが報告されており、好気性菌と嫌気性菌の混合感染も多い1)3)4)。
 発症のメカニズムに関してはStoneら5)のsynergismが有名で、好気性菌感染に伴う組織の酸素濃度の低下が、嫌気性菌の2期的な感染を誘発すると考えられている。
コントロール不良の糖尿病患者では易感染性と組織の微小循環障害のため、synergismをきたす環境を作りやすく、さらに組織中の炭水化物が多いため、その分解によりガスを発生しやすい6)。われわれの症例2および3では、好気性菌と嫌気性菌の混合感染であった。
 感染経路については、症例2は陰部の創部よりの感染で、いわゆるFournier's gangreneである。症例3は口腔内の義歯による裂傷よりの感染と考えれた。症例1では感染経路は不明である。いずれにせよ軽微な感染が激烈な経過を取ることがこの疾患の特徴である。
 治療としては早期の外科的ドレナージの重要性が指摘されている。7)われわれの経験では、症例1・3は良好に経過し、症例2は救命しえなかった。体幹部に発生するものは四肢のものより予後不良で、病変の大きさが予後規定因子と考えられる。8)。症例3は、1・2に比べて範囲が小さく、全身状態は他の症例に比べて良好であった。また症例1は、膿瘍形成が顕著で、洗浄、ドレナージが有効であったが、症例2・3では、はっきりした膿瘍の形成を認めず、壊死組織のdebridmentが治療の中心となった。膿瘍形成例に比べて非形成例は治療困難であった。また、糖尿病に合併した臓器障害の有無が予後に大きな影響を与えるものと考えられた8)〜10)。われわれの症例2では血糖のコントロール困難で、合併した心臓、肺、腎障害の治療に難渋した。大腿骨頸部骨折の合併による長時間の臥床はその後の肺炎の発症などに悪い影響を与えたものと考えられた。
 壊疽性筋膜炎は皮膚科、泌尿器科などで治療されることがあるが、対幹部に広範に波及した重症例や他の臓器障害が合併したものでは、総合的な全身管理の必要性から外科で扱われることが多い。外科医がその病態をよく認識する必要があると考えられた。
結語 糖尿病に合併した壊疽性筋膜炎(非クロストリジウム性ガス壊疽)の3例を経験した。
壊疽性筋膜炎の治療としては速やかな外科的処置が必要だが、重症糖尿病患者では他の臓器障害の合併も多く注意深い全身の管理が必要である。
文献 1)松野正紀、高木靖、松尾靖司他:necrotizing fascitisの1例。外科診療30:574-578,1974

2)Wilson B:Necrotizing fascitis. Am Surg 18:416-431,1952

3)McCafferty EL,Lyons C:Suppurative fascitis as the essential feature of hemolytic streptococcus gangrene with notes on fasciotomy and early wound closure as treatment of choice. Surgery 24:438-442,1948

4)林慎、安田圭吾、北田雅久他:非クロストリジウムによる糖尿病性ガス壊疽の1例と本邦報告例の考察。糖尿病28:687-693,1985

5)Stone HH,Martin JD:Synergistic necrotizing cellulitis. Ann Surg 175:702-710,1972

6)Willis MR, Reece MW:Nonclostridal gas infection in diabetes mellitus. Brit Med J2:566-568,1960

7)Stamenkvic I,Lew PD:Early recongnition of potentially fatal necrotizing fascitis. N Engl J Med 310:1689-1693,1984

8)Elliott DC,Joseph AK,Roy AAM:Necrotizing soft tissue infections.Ann Surg 224:673-683,1996

9)二村貢、棚橋忍:糖尿病に合併した非クロストリジウムガス産生性感染症の2例、糖尿病32:663-669、1989

10)Ward RG,Walsh MS:Necrotizing fascitis:10 years experience in a district general hospital. Br J Med 78:488-489,1991
英文   THREE CASES OF DIABETES WITH NECROTIZING FASCITIS

              SATORU HAYASHI

Three cases of diabetes with necrotizing fascitis are reported.
 
Case1:A50-year old woman was admitted to the hospital because of high fever and lumbago. CTscan showed diffuse subcutaneous and intramuscluar emphysema at the abdominal region and extraperitoneal abscess formation. The lesions were cured by surgical drainage and removals of necrotic tisses.

Case2:A70-year-old woman was brought into the hospital by ambulance because of general fatigue and mental confusion. CTscan showed diffuse abscess with subcutaneous emphysema in the lower abdominal wall. Despite multiple debridment and intensive care, she died of pneumonia.

Case3:A77-year-old man was admitted to the hospital because of facial swelling. CT of the neck visualized subcutaneous emphysema in the face and head. Surgical drainage and debridment were successful. Necrotizing fascitis often progresses severely in diabetic patients. The motality rate is high in the patients with organ failure, so that prompt and appropriate general care is needed.